詩作8「いであ」

「今回展示されるのはなんとも珍しい深海魚です」
夕方のワイドショーで流行りの水族館が特集されている

水槽の中に深海魚がぽつり
ひとり寂しく漂っている

「かわいそうだな」とわたし
この子はただ じぶんの住処を泳いでいただけなのに
せめて一緒にもうひとり 連れてきてあげればいいのに
「ひとりぼっちは寂しいよね」とわたし

ある日突然 あの広い深海から連れ去られ
ある日突然 この狭い水槽に閉じ込められ
この子はもう一生 あの広い深海へ戻ることはかなわないだろう
この子はもう一生 この狭い水槽から出ることはかなわないだろう


テレビの電源を切ると 暗い画面にわたしが映る
なんだか水槽の中にいるようだった

わたしは何処にいるのだろう

たとえ何処か 見知った近所を散歩しても
たとえ何処か 見知らぬ土地を旅行しても
あの子がいまとは違う水族館に行っても
いまいる水槽と大して変わらないように

わたしはこのワタシという殻から
解き放たれることはかなわないだろう


わたしはひとり水槽を漂っている
水槽はワタシであり ワタシはこの世界のすべて